日比谷フェスティバル・カンゲキ学校トークショー アフターレポート

(文・横川良明)

2024年5月5日、7月からの本番に先立ち、日比谷フェスティバル2024にて、トークショー『俳優・多田直人さん(キャラメルボックス)「無伴奏ソナタ」を語る』が開催された。過去3度にわたって上演された演劇集団キャラメルボックス版の『無伴奏ソナタ』で主人公・クリスチャン役を演じ、『無伴奏ソナタ-The Musical-』ではウォッチャー役を演じる俳優・多田直人が、ファンの前に登壇。本作への想いを語った。その一部を紹介する。

死ぬ前に思い出す光景の一つになった

『無伴奏ソナタ』が初めて上演されたのは2012年。当時は番外公演という位置付けで、「直前まで本公演で『容疑者Xの献身』という作品をやっていて。それがものすごく評判が良かったものですから、こんな好評の作品の後に自分が主演の作品。つまずけないなというプレッシャーの中、稽古と本番に臨んだのを覚えています」と回顧。初日の幕が降りるまでは手応えはなく、クライマックスで湧き上がる喝采に「何が起きているんだろうという感覚の中にいて、すぐには受け取れきれない自分がいた」と振り返った。

公演を重ねるにつれ、「お客様の胸に届くいい作品ができたんじゃないかという自信が湧いてきた」と感慨を噛みしめ、クライマックスの喝采では「語弊があるかもしれないけど、死んでもいいみたいな感覚になった」「自分が役者をやってきた中で死ぬ前に思い出す光景の一つには絶対なるような、本当に素晴らしい体験をさせてもらいました」と感無量の表情を浮かべた。

劇中、ピアノの演奏シーンがあるが、稽古当初、鍵盤が見えない位置にピアノはセッティングされていたが、演出の成井豊の指示で徐々に鍵盤が見えるように向きが変わっていったらしく、急遽、ピアニストが演奏している手元を撮影させてもらい、その動画をもとに運指の練習をしたそう。思わぬ苦労に「(ミュージカル版でクリスチャン役を演じる)平間(壮一)くんにも同じ思いをしてほしい」とイタズラっぽく笑った。

さらに、あらゆる音楽から遮断されて育ったクリスチャンが、初めてバッハの「無伴奏ソナタ」にふれるシーンに対し、「自分が今まで体験したことがないような衝撃をくらった場合、自分の心や体にどんな作用が起こるだろうということを想像したり試したりした」と言い、「音楽を聴いた瞬間に、もしかしたら涙するかもしれないし、過呼吸みたいになってしまうかもしれない」と様々な可能性を模索。その上で最終的に選んだのは「何もしないこと」だった。「ここで僕が涙を流したり苦悶の表情を浮かべたりすることで、この衝撃がよりチープなものにおさまっちゃうんだろうなという感覚がありました」と意図を説明し、「ただふっと顔を上げるだけで、たぶんお客様はいろんなことを想像してくださるだろうな」と戯曲の力と観客の想像力に委ねた。

時代を超えて上演し続けられる作品になってほしい

ここで、『無伴奏ソナタ-The Musical-』で検査官・ギルバート役ほかを演じ、歌唱指導を務める西野誠が加わり、さらにトークは賑やかに。多田の歌声に対し、西野は「歌声が、歌声じゃない。台詞と同じ声で歌うんです」と述べ、ミュージカルの発声は「芝居であることが一番大事」だからこそ、「芝居の声で歌えるってすごい」と高く評価した。そんな西野の称賛に、多田は「どういう顔をしていいのかわからない」と照れ笑い。「これから稽古したときに、やっぱり違いましたねって言われたら嫌だし」と茶化す多田を、西野は「偽らざる気持ちで思いました」と後押しした。

ストレートプレイ出身の多田にとって、ミュージカルの現場は「本当にみなさん当たり前だけど歌が上手いんですよ。そこで1回、尻込んじゃうんですよね」と畑違いであることは感じつつ、「今回ばっかりはそういうのを抜きにしようと。同じ板の上に立つ仲間なんだから、お邪魔しますという感じをなくして。自分なりに恥をかいてもいいから、気持ちだけはみなさんと同じ気持ちで臨みたい」と意気込んだ。

また、ストレートプレイとして上演された作品がミュージカルとして生まれ変わることに対し、西野が「よりパワーアップしたものをお見せできるように、クリエイター陣も含めてみんなで話し合いながらつくっていかないといけない」と気を引き締めると、多田も「ストレートプレイ版の『無伴奏ソナタ』を追いすぎてはいけない」と頷く。

多田は、ストレートプレイ版を「弓を引き絞っている感じがあるんですよ。それが最後の最後にパッと離れてビューンと飛んでいくようなジリジリ感と爆発力があった」とし、ミュージカル版は「歌が入ることによって、歌の中で小さな爆発が起こるんじゃないか」と考察。「ミュージカルなりの見せ方や気持ちの持っていき方があると思うので、それをまず探していかないといけない」と気持ちを新たにしていた。

すると、ここまで真面目な顔をしていた多田から「あとは、そういうのを演出家の成井豊がわかっているかどうか……」とオフレコトークが飛び出し、今日初めて成井と対面した西野も「今日、やっと実在する方だとわかった」とかぶせ、場内を笑いで包み込んだ。

ウォッチャーという役に対して、多田はいつか自分も演じてみたいと思いつつ、過去3度の上演で同役を演じた文学座の石橋徹郎を間近で見てきたからこそ、「あそこまでに辿り着くのに僕は何年いるんだと」いう畏敬の念があった。が、同日行われたステップショー(youtubeで公開中 https://youtu.be/uqfE4zEyT6c?si=npCJNVLScpopIgcg)では歌唱とともにウォッチャーらしい佇まいを披露。「みんなと会えて、平間くんの歌声を聴いて、杉本(雄治)さんの音楽を聴いて、今できる精一杯の自分のイマジネーションの中でつくったつもりではいます」と、40歳の多田が演じるウォッチャー像に期待を抱かせた。

ステップショーを振り返り、西野が「今日1日ですごく結束できた。いい作品をお届けできるような予感がビシバシしているので、ぜひ劇場でお待ちしております」と声を弾ませると、多田も「いつ誰がどこでやっても、時代を超えて上演されても、普遍的なテーマがあって、上演に耐えうるもの。それが名作の定義だと思っているんですね。それに値するだけの物語の力が、この作品にはある」と改めて作品力に自信を覗かせた。その上で、「僕が何十年後かに亡くなっても、この『無伴奏ソナタ』は上演されるべきだと思っていますし、『ロミオとジュリエット』とか『ハムレット』のように時代を超えて上演し続けられる作品になってほしい」と夢を語り、そのためには「お客様の率直な感想、それから拡散力というものにかかっている気がしますので、みんなでこの作品を育ててもらえれば」と呼びかけた。

『無伴奏ソナタ-The Musical-』東京公演は、7月26日(金)から8月4日(日)までサンシャイン劇場にて上演。大阪公演は、8月10日(土)・11日(日祝)の2日間にわたって森ノ宮ピロティホールにて上演される。


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